ダレン・アーモンド 個展
ダレン・アーモンドは1971年生まれ。現代美術界に新たな旋風を巻き起こしたYBA*をメインストリームへと導き、社会的現象とまで言われた展覧会「センセーション」に出品。以降も2003年のベニスビエンナーレに出品、2005年にはターナー賞にノミネートされるなど、イギリスのみならず世界を代表する作家として活躍しています。
作品は写真、映像、立体など様々な形態で制作されていますが、いずれも「旅、移動、空間」「時間、幻想、記憶」といった概念が強く存在しています。アーモンドは生まれ育ったイングランド北部の町ウィガンから、幼い頃電車に乗ってよく旅に出たと語っており、小さな街の閉鎖的な環境から抜け出し、もっと広い世界、見たことのない世界を見たいという願望が強くあったようです。このような自伝的要素も加わって、独特な空間性や時間を感じさせる表現が作られたといえるでしょう。
*ヤングブリティッシュアーティスト。90年代に頭角を現したイギリスで活躍した若手作家の総称
SCAI THE BATHHOUSEでの展覧会は、満月に照らされた風景を幻想的かつ抒情的に写しだした写真「Fullmoon Series」で構成されます。
都市の喧噪から離れ、街灯すらない完全なる静寂に包まれた自然風景を、満月の夜にその月明かりのみで長時間露光で捉えたこのシリーズは、当初ターナーやコンスタブル等の風景画の巨匠や文豪が描いた風景をなぞることから始まりました。
それらの風景を、作家はあえて日の光ではなく、月明かりの下で捉えることを試みています。長時間露光で撮影された風景は、時間の流れや空気感まで包み込み、控えめで繊細な美しさを持つ幻想的な存在感を放ちながら立ち現れます。作家は撮影時に自分も闇に包まれた時に、風景があたかも人の心の空虚な部分を現し、次第に自分を内なる記憶へと誘い込むように感じると語っています。そのようなプロセスを経て制作された作品は、観る者にノスタルジーや共感を覚えさせ同調させながらも、内深くに浸透しその記憶を静かに惑わせ、時間や空間の存在を揺るがせるのです。
本展では「Fullmoon Series」の中でも、ダレン・アーモンドが日本を旅して撮影した作品を展示します。アーモンドは制作する際に、人々と自然の精神的な繋がりを感じさせる風景を描いた構図を引用することが多いのですが、日本でも旅先で人々と対話し、その中から出逢った風景を撮影していきました。そこに住む人々と触れ合い、彼らの記憶・物語を手がかりにして辿りついた風景は、巨匠の手による絵画と同じように郷愁を覚えさせ、自らの記憶に語りかける存在となっています。
世界各地を訪れた作家が写しだした日本の風景は、深い精神性をおびた異空間に変換されているようにも感じられるでしょう。
さらに、SCAI THE BATHHOUSEでの個展開催と同時に、表参道GYRE(ジャイル)でも展覧会「ダレン・アーモンド - 眠るように甦る」の開催を予定しており(10月31日〜11月30日)、作家の活動を幅広くご覧頂ける機会となります。GYREでの展示は10月17日から開催される「The Missing Peace: Artists consider the Dalai Lama」に関連し、中国主要都市とチベット自治区のラサを結ぶ青蔵鉄道(青海チベット鉄道)を舞台とした3チャンネルのビデオ作品「In The Between」を上映予定。チベットの尊く美しい姿を描くのみならず、鉄道開通の背景をも鋭く映し出す政治的な作品です。
両展覧会を通して写真、ビデオと多彩な作品を展示することで、作家の活動の全貌を立体的にご覧いただけるよい機会になると考えております。