ヴァジコ・チャッキアーニ
「Moment in and out of time」
ジョージア出身の若手アーティスト ヴァジコ・チャッキアーニは、人々の心理を摘出する彫刻やインスタレーション作品で知られています。『A Living Dog in the Midst of Dead Lions』(死んだライオンに囲まれ生きる犬)(第 57 回ヴェネチア・ビエンナーレジョージア館)では、ジョージアの鉱山にあった古いカントリーハウスを展示会場に移設し、その内側に雨を降らせました。また、24時間かけて椅子に座る父の足を、コンクリートで固めた彫刻作品《Father》(2014年)や、崖を落下し崩壊する玄武岩を撮した映像作品《We Drive Far, You in Front》(君を前に乗せ遠くまでドライブ)(2016年)など、チャッキアーニは、社会的な出来事を代弁する象徴を用い、個人の経験と現実のあいだの溝を暴きながら、鑑賞者の心理の深部を照らし出します。それは翻訳不可能な詩のように、情景に立ち上がる時間や存在をとらえ、人間の内的生活を探求しています。
日本初紹介となる本展『Moment in and out of time』は、歴史の外傷的な出来事に晒された心理の状態を探る作品群で構成されています。《Moment in and out of time》(時を行き来する瞬間)(2014年)は、監禁用の独房から引き剥がされた金属製の扉です。室内にあった蝋燭でのぞき穴を塞ぐわずかな介入によってふたつの世界を遮断し、独房のドアの暴力的な性格を強調しています。シングルチャンネルの映像作品《Winter which was not there》(そこにはなかった冬)(2017年)では、海底からクレーンにより引き上げられた英雄の像が引き摺り回され、現実を別の心象風景と響き合わせることで、その含意を深めていきます。作品は、ジョージアにおける時事問題、文学や詩のトピックと交差しながら、孤独、暴力、怒りなどの内的な条件に呼応しています。
「状況に直接手を下すことなく、ある種の抵抗を生み出すこと」が、制作の目的であると語るチャッキアーニ。現実という素材の自然な色に手を加えることなく、事物に向き合ったアルテ・ポーヴェラを受け継ぎながら、歴史の外傷や個人のトラウマに向き合い、人や素材の存在を媒介しています。秘め隠された心の摘出と擁護という相互作用で成り立つチャッキアーニの存在論は、あたかも個人の歴史を証言する証左となって、鑑賞者に強く訴えかけます。それは、困難な歩みを辿った個人や集団の闇を、物理的な空間を通って照らし出すアーティストの示唆に富んだ試みといえるでしょう。