赤瀬川原平写真展
「日常に散らばった芸術の微粒子」
Selected by 伊藤存・風間サチコ・鈴木康広・中村裕太・蓮沼執太・毛利悠子
開廊時間:12:00 - 18:00
※日・月・火・水・祝日 休廊
ゲスト・キュレーター:
豊田佳子 (資生堂ギャラリー・ディレクター)
協力:赤瀬川尚子、橋本典久
この度、SCAI PIRAMIDEでは、赤瀬川原平の未公開の写真展「日常に散らばった芸術の微粒子」を、ゲストキュレーターに資生堂ギャラリー・ディレクターの豊田佳子氏を迎え、開催いたします。
赤瀬川原平さんの自宅に残されている未発表の写真の中から、6名の現代美術のアーティストが選んだ約120点を紹介する展覧会です。
赤瀬川原平さんの書斎には16段の大きな引き出しがあります。そこには赤瀬川さんが1985年から2006年までに撮り溜めた35ミリのリバーサルフィルムが保管されており、それら未発表の写真は4万点近くに及びます。マウントされたフィルムは1ロールごとに細長いプラスチックケースに入れられ、いつ、どこで、何を撮影したのかと、撮影したカメラの種類が油性ペンで書かれています。路上観察学会のために撮影された写真の他に、意外と観光写真的なもの、花や植物、家族やペット、近所を撮影した写真も多く、偶然をたのしみ撮られた写真からは日常が感じられる一方で、赤瀬川さんの時代の捉え方が見えてきます。それらの写真は、モノをよく見る、本質を問うという芸術的姿勢と、無理をしない生き方、他者への思いやり、自然との共生、物を大事にすること、たくましさや優しさなど、今の時代だからこそ生きていくうえで大切にしたいことを思い起こさせてくれます。
写真のセレクションは、赤瀬川さんの活動をリアルタイムに知る最後の世代と考えた70年代生まれと80年代生まれのアーティストから、赤瀬川さんに何らかの影響を受けた、もしくは共通するアイデアが見いだせる、伊藤 存さん、風間サチコさん、鈴木康広さん、中村裕太さん、蓮沼執太さん、毛利悠子さんの6名にお願いしました。赤瀬川さんは、撮影した写真のスライドを眺めることのたのしさについて『老人とカメラ 散歩の愉しみ』(1998年実業之の日本社)に書かれていますが、アーティストがそれを追体験するような作業、そして鑑賞者がまたそれを感じ取れるような展示になればと考えました。赤瀬川さんの独自の視点で切り取られた風景に、さらに現代のアーティストの視点が重ねられることを試みた企画でもあります。6名のアーティストには、それぞれ約20枚ずつ写真を選んでもらい、①赤瀬川さんから受けた影響・赤瀬川さんに対する想い、②写真を選んだ理由(セレクションのテーマ)をまとめてもらいました。
赤瀬川さんは子供のころから絵を描くのが好きだったそうで、自宅の資料の中にもイラストの仕事や絵が描かれたメモが多く残されています。絵を描くことは赤瀬川さんの日常生活の一部であり、その延長線上に前衛芸術家の赤瀬川さんがいました。しかし、その後、自分の手で造形する芸術から、コンセプトが重視され、形骸化してしまった作品が画廊や美術館といった特権的な場所で展示されていることに次第に疑問を感じていたことが述べられています。赤瀬川さんがさまざまなメディアに残したマルセル・デュシャンについての言及からも、芸術と日常との境界線に常に関心を向けられていたことが読み取れます。赤瀬川さんは『芸術原論』の「デュシャンからトマソンへ」の章に、芸術は見えないほどの微粒子となって世の中に散らばり、そうやって拡散した芸術が路上で発見されたものがトマソンであると書かれています。心理学者の秋山さと子さんとの対談の中では、世の中に広く散らばっている偶然は、何か大きな力で集約されていくのではないか、という話をされています。展覧会のタイトルは、この2つの赤瀬川さんのコメントをベースとしています。現代のアーティストが選んだ赤瀬川さんの写真から、日常に散らばった芸術の微粒子と、それらが集まって一つになるものを探して愉しんでいただけましたら幸いです。