嵯峨篤
「Synchronicity」

2025年1月25日(土)- 4月5日(土)
開廊時間:12:00 - 18:00
※日・月・祝日休廊

嵯峨篤(1970年生まれ)は、過去20年に渡り、絵具の塗布と表面の研磨を手作業で繰り返し、鏡面のような質感を生み出すという独自の技法で、絵画の新たな境地を切り拓いてきました。8年ぶりとなるSCAI THE BATHHOUSEでの個展「Synchronicity」では、滑らかな曲線が浮かび上がる赤い色面から、音の存在を感じさせる新作シリーズ《Sync》を発表し、目に見えないものや潜在意識の深層へ私たちを誘います。

展示室で目を引くのは、普遍的でありながら感情を揺さぶる圧倒的な赤の存在です。赤は、生と死、静と動、聖と俗といった相反する要素を内包し、古今東西で特別な意味を持つ色として重宝されてきました。漆のように艶やかな《Sync》の色面は、嵯峨が長年の実験を経て選び抜いた四種類の赤を独自に調合し、何層にも塗り重ねては磨き上げることで生まれています。微細な層の重なりは、光を柔らかく反射しつつも深い奥行きを生み出し、非言語的な時間の記録や歴史の積層を想起させます。

色面を間近で観察すると、僅かに違う赤で描かれた優雅な曲線が浮かび上がり、隣接する色面にも異なる曲線が微かに見え隠れします。これは、二つの波長が互いに影響を与えながら調和することで生まれるリサジュー曲線という幾何学形状であり、音のような不可視の現象を視覚化する際に用いられるものです。曲線の背景には、ごく僅かに異なる濃淡で描かれた七宝文様が配されています。閉じた円環が反復するこの文様は、日本の伝統的な装飾美術において永遠を象徴し、嵯峨の色面に静謐な調和を醸し出しつつ、変幻する曲線の滑らかな動性を際立たせています。

本展でひときわ存在感を放つ《25 Syncs》は、《Sync/001》から《Sync/025》まで体系的に名付けられた60.6センチ四方、深さ5センチのパネルが、縦横五枚ずつ完全な対称性を持って配列された大作です。始まりも終わりもなく、個々の色面は異なる機微を保ちながら、全体として完璧な調和を成し遂げています。パネルの表面にはそれぞれ固有の曲線が潜み、25の異なる音の存在を暗示しているようです。色面に接近したり遠ざかることで、幽遠なる赤の風景は、音のない和音を奏ではじめ、見るという行為そのものが、鏡が光を反射するような直線的な現象ではなく、複数の要素が複雑に絡み合い、記憶や体験を呼び起こす多層的な出来事であることに気づかせてくれます。

作品タイトルである《Sync》は、異なるものの同期を意味するsynchronizationの略語です。現在ではテクノロジー分野で一般的に使われていますが、もともとは音と映像の同期を指す用語でした。一方、展覧会タイトルの「Synchronicity」は、共時性を意味し、因果関係の認められない偶然の一致という超自然的な現象を捉えようとする心理学の概念に由来しています。

共に時間を示唆するタイトルは、作品内の出来事だけでなく、空間を構成する無数の要素が一時的に同期することで生まれる調和、さらには外部の出来事と深層心理が同期する不可思議な現象に、私たちの意識を向けさせます。本展は、視覚偏重の現代社会において見過ごされがちな知覚の豊かさを、「見る」という行為を通じて覚醒し、「見えているもの」の重層的で複雑な本質に迫ります。目に映っていても捉えきれないもの、そこに在りながらも姿を現わさないもの—これらが静かに示唆するのは、科学では解明しきれない未知の領域が、私たちの目前に広がり続けているという真理かもしれません。

嵯峨篤《Sync/028》2024、 ラトビアバーチ合板、ウレタン塗装100×100×7cm
嵯峨篤《Sync/028》2024、 ラトビアバーチ合板、ウレタン塗装
100×100×7cm